00-000 孫子兵法序

孫子兵法序 日本語訳

魏武注孫子
魏武注孫子

操聞上古有弧矢之利,

操(私・曹操)が聞いたところによると、太古の昔は弓矢に利があったと、

 

《論語》曰「足食足兵」,

論語は「食を足りさせ兵を足りさせる」(国民が食料・生活に困らず軍備も十分に)と説く、

 

《尚書》八政曰「師」,

尚書は八政で「師」(軍事)と説く、

 

《易》曰「師貞,丈人吉」,

易は「師(軍隊)の倫理が正しく、強くあれば吉」と説く、

 

《詩》云「王赫斯怒,爰整其旅」,黃帝、湯武咸用干戈以濟世也,

詩では「王は激しく怒り、軍隊を整えた」と言っている、黄帝、湯(殷の始祖)、武(周の始祖)も皆、干戈(武器・武力)を用いて世の中を救った、

 

《司馬法》曰「人故殺人,殺之可也」。

司馬法は「人が意図的(故意)に他人を殺害した場合、その人を殺しても良い(正当化される)」と説く、

 

用武者滅,用文者亡,夫差、偃王是也。

武(軍事的手段)に頼る者は破滅、文(平和的手段)に頼る者は亡失する例として、呉王夫差、徐の偃王がいる。(徐偃王は仁義を修めることを知りながら武を用いることを知らず、結果として国を亡くした。)

 

聖賢之用兵也,戢而時動,不得已而用之。
聖賢が軍を用いるのは、武器をしまっておくように(軍を控えておいて)時に応じて動かす、やむを得ない状況においてのみそれ(軍)を使う。

 

つまり、聖賢は正しく教育し鍛錬された軍を備えておいた上で、普段は民が充足した生活ができる平和的な政治を行い、民が安心することができない道徳倫理に外れた相手に対しては激しく怒り正義のもとに軍を動かす。

 

吾觀兵書戰策多矣,孫武所著深矣。

私は多くの軍事書や戦術に関する書籍を観て(読んで・研究して)きた、孫武が書いた(著した)ものは深い。

 

審計重舉,明畫深圖,不可相誣。

計画(計略)を見定め慎重に行動し、目標や計画は明確で長期的かつ深い洞察に基づくものであるべきで、事実でないことを広めてはならない。

 

而但世人未之深亮訓說,况文煩富,行於世者失其㫖要,故撰為畧解焉。

しかし世の人々はそれを深く理解せず、まして文が煩わしく富んでおり、世の(軍事を)行う者がその要点を失ってしまっているため、そこで簡略な解説を書くことにする。

魏武帝集 : 魏武帝集 - 中國哲學書電子化計劃
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操聞上古有弧矢之利,

《論語》曰「足食足兵」,

《尚書》八政曰「師」,

八政曰「師」は尚書 周書 洪範および史記 宋微子世家にみえる「三、八政:一曰食,二曰貨,三曰祀,四曰司空,五曰司徒,六曰司寇,七曰賓,八曰師。」

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《易》曰「師貞,丈人吉」,

「師貞,丈人吉」は周易 易經 ䷆師「師:貞,丈人,吉无咎。」および京氏易傳 ䷆師「《易》云:《師》貞丈人吉。」にみえる

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《詩》云「王赫斯怒,爰整其旅」,黃帝、湯武咸用干戈以濟世也,

《司馬法》曰「人故殺人,殺之可也」。

司馬法に「人故殺人,殺之可也」と同文は出てこない。
司馬法 仁本にみえるのは「權出於戰,不出於中人,是故:殺人安人,殺之可也。(権力は戦いから生じ、中立的な人々からは生じない。このため、人を殺して人を安心させることができるならば、その殺害も許される。)」

https://ctext.org/si-ma-fa/ren-ben/zh#n43276

用武者滅,用文者亡,夫差、偃王是也。

「用文者亡」は中論 智行にみえる「且徐偃王知脩仁義,而不知用武,終以亡國。(徐偃王は仁義を修めることを知りながらも武を用いることを知らず、結果として国を亡くした。)」

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「用武者滅」は說苑 指武にみえる「昔吳王夫差好戰而亡(昔、吳の王夫差は戦を好んで国を亡くした)」

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說苑 指武では「昔吳王夫差好戰而亡,徐偃王無武亦滅。故明王之制國也(昔、吳の王夫差は戦を好んで国を亡くし、徐の偃王は武を持たずに国を滅ぼした)」となっており亡と滅が逆になっている

「強陵弱」・・・強者が弱者を虐げる

越国を滅ぼすために軍を率いた夫差は、その軍事力を背景にして越王勾践を屈服させようと試みた。この「強陵弱」の姿勢は、最終的には呉国の破滅・消滅を招くことになる。勾践は表面上は屈服したように見せながら復讐の機会を窺い、最終的に吳国を破滅へと導く策略を巧みに実行しました。

武力の行使や圧倒的な優位性は必ずしも恒久的な安定を保証するわけではありません。強者が弱者を無視し自らの力に過信するのは、予期せぬ反撃や抵抗に直面する可能性がある。

呂氏春秋 慎大覽 不廣

「甯越可謂知用文武矣。用武則以力勝,用文則以德勝。文武盡勝,何敵之不服」
甯越は文と武の使い方を知っていると言える。武を用いるならば力によって勝ち、文を用いるならば徳によって勝つ。文と武、両方で勝利を収めるならば、どの敵が服さないだろうか。

中國哲學書電子化計劃字典

魏武侯問于李克曰:「吳之所以亡者,何也?」李克對曰:「數戰而數勝。」武侯曰:「數戰數勝,國之福。其獨以亡,何故也?」對曰:「數戰則民疲,數勝則主驕。以驕主使疲民,而國不亡者,天下鮮矣!驕則恣,恣則極物;疲則怨,怨則極慮;上下俱極,吳之亡猶晚矣!夫差之所以自剄於幹遂也。」老子曰:「功成名遂,身退,天之道也。」

魏の武侯の李克に質問した「吳が滅びた理由は何ですか?」李克が対して言うには「度々戦い、度々勝ったからです。」武侯が言う「度々戦い、度々勝つことは、国にとっての幸福です。それだけで滅びるのは何故だ?」対して言うには「度々戦えば民は疲れ、度々勝てば主は驕ります。驕り高ぶった主が疲れた民を使って、国が滅ばない例は天下にほとんどありません!驕ると放縦になり、放縦すると物事を極めます;疲れると怨みが生じ、怨むと憂慮を極めます;上下が共に極まれば、吳の滅びはむしろ遅かったのです!夫差が幹遂で自ら命を絶った理由もそこにあります。」老子が説明するには「功を成し名を遂げたら、身を退くのが天の道です。」

https://ctext.org/huainanzi/dao-ying-xun/zh#n3225

聖賢之用兵也,戢而時動,不得已而用之。

吾觀兵書戰策多矣,孫武所著深矣。

特になし

審計重舉,明畫深圖,不可相誣。

特になし

而但世人未之深亮訓說,况文煩富,行於世者失其㫖要,故撰為畧解焉。

特になし

孫卿子曰:不然!臣所聞古之道,凡用兵攻戰之本,在乎壹民。弓矢不調,則羿不能以中微;六馬不和,則造父不能以致遠;士民不親附,則湯武不能以必勝也。故善附民者,是乃善用兵者也。故兵要在乎善附民而已。

孫卿子は言った。「そうではない!私が聞いた古の道によれば、兵を用いて戦う根本は、民を一つにすることにある。弓矢が調整されていなければ、羿も微細なものを射中することはできない。六頭の馬が協調しなければ、造父も遠くへ到達することはできない。士民が親しく付き合わなければ、湯や武も必ず勝つことはできない。だから、民に親しく付き合うことが上手な者は、それ故に兵を上手に用いる者である。故に、兵の要は民に善く付き合うことにある。」

荀子 : 議兵 - 中國哲學書電子化計劃
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